Japan’s Imperial Underworlds: Intimate Encounters at the Borders of Empire by David R. Ambaras, Cambridge: Cambridge University Press, 2018, x + 298 pp., ISBN: 978-1108470117.
内田 力(GJS特任研究員)
GJSでは「GJS Reading Group」を立ち上げて、毎回1冊の本をめぐって議論する場を設けることにしました。本HPには、新刊紹介を兼ねて、リーディンググループでの議論をまとめた記事をアップします。今回の書籍はDavid R. AmbarasのJapan's Imperial Underworldsです。 Ambaras, David R. Japan's Imperial Underworlds: Intimate Encounters at the Borders of Empire. Cambridge: Cambridge University Press, 2018, x + 298 pp., ISBN: 978-1108470117. Contents Introduction: Border Agents 1 - Treaty Ports and Traffickers: Children's Bodies, Regional Markets, and the Making of National space 2 - In the Antlion’s Pit: Abduction Narratives and Marriage Migration between Japan and Fuqing 3 - Embodying the Borderland in the Taiwan Strait: Nakamura Sueko as Runaway Woman and Pirate Queen 4 - Borders in Blood, Water, and Ink: Andō Sakan's Intimate Mappings of the South China Sea 5 - Epilogue: Ruptures, Returns, and Re-openings Bibliography Index
本書は近代日本の闇社会を活写する労作である。といっても、本書が射程に入れるのは日本列島の日本でなく、帝国日本の日本である。帝国の周縁部にみられる地下世界(Underworlds)と、そこでおこなわれる犯罪行為、とくに人身売買や海賊行為である。そのため、本書の記述は台湾海峡やその両岸(大陸福建省と台湾島)にまでおよぶ。
第1章では日本から中国にむかう子どもの人身売買に焦点をあて、第2章では日本人女性が中国人行商人の夫とともに中国に渡った例を対象とする。第3章と第4章は舞台を海に移し、第3章では女海賊として悪名を馳せた中村末子(1909-?)を、第4章では文筆家安藤盛(1893–1938)による南シナ海に関する文筆活動をとりあげる。いずれの章でも、人々のあいだに生まれた親密な関係(Intimacy)の存在に着目しつつ、それを行政当局やメディアがどのようにあつかったかを主軸とする。
本書をどのようなカテゴリーに分類すればよいのだろうか。帝国史であり、帝国日本の境界研究(ボーダー・スタディーズ)であり、それゆえに、トランスナショナルヒストリーである。日本研究でありながら、日本的な学術慣行でいえば東洋史研究(アジア史研究)、より具体的には中国史研究や台湾史研究に分類されかねない。子どもや女性の移動に注目しているという点ではグローバルヒストリーにも区分できるかもしれない。犯罪史や闇社会の歴史であり、庶民や子どもをとりあつかうがゆえに社会史・民衆史、あるいは民俗史であり、それを支える理論的な視角はサバルタン研究のものである。
つまり、本書の著者は、巧みに各章の事例研究をくみあわせて、従来の日本近代史研究があつかいきれていなかったトピックに光をあてているのである。この点は、本書全体の叙述を考えると論理的一貫性がややあいまいになっていることと表裏一体であろう。トピックや概念構成はともすれば闇鍋のようなゴッタ煮になりかけているときがあるが、しかし個々の分析は学術的な水準をしっかりと保っているために、両者があいまってえもいわれぬ本書の魅力を生み出している。
学術的な観点からみても、本書が解明したものはまちがいなく大きい。近代の帝国日本における人の移動のありかた、とくに人身売買という犯罪行為にかかわる人の移動を史料にもとづいて丹念に追跡した点は最大の成果である。それに付随して、近代日本にとっての台湾海峡周辺地域の歴史的役割を、犯罪史という新たな面から明確にした点も見逃せない。もちろん、従来の研究ではほとんどとりあげられてこなかった中村末子や安藤盛といった人物を発掘したことも本書の重要な功績である。
さて、このような個性的な著作はどのように生まれたのだろうか。本書の著者がノースカロライナ州立大学(North Carolina State University)の教員であるということは、その推測の手がかりになるだろう。ノースカロライナ州はアメリカ東海岸に位置するが、シカゴ大学を中心とするアメリカ中西部の大学との研究交流が盛んである。たしかに、各種の理論を縦横無尽に参照することで新鮮な研究対象を発見して、その解明をつうじて日本研究にとどまらない普遍的な論点を目指そうとする研究スタイルが、シカゴ大学の一群の日本史研究を想起させる。本書でシカゴ流の例にたがわず、理論的背景に関する議論は盛り込みすぎなくらいに言及されている。そのため、新たな日本史研究のトピックを探索するうえでも、日本史研究の新たな理論的可能性を考えるうえでも、本書からは多くの示唆を得られるであろう。
出版社HP:https://www.cambridge.org/jp/academic/subjects/history/east-asian-history/japans-imperial-underworlds-intimate-encounters-borders-empire