2014.07.24

渡辺浩先生へのインタビュー

インタビュアー:鍾 以江(東洋文化研究所)

東京大学国際総合日本学(GJS)ネットワークの構築チームのメンバーとして、6月17日に法政大学法学部の渡辺浩先生にインタビューさせていただきました。渡辺先生は、日本政治思想史において屈指の優れた研究者でおられ、法政大学に移る前には、長年東大法学部で教鞭をとっておられました。東大における日本研究の現状について、それからGJSネットワークの構築に関して、研究と教育経験が豊富な渡辺先生ならではの有用なアドバイスをいただけるのでは、という期待に応えてくださいました。

インタビューでは多くの収穫がありました。渡辺先生は、日本研究の定義の問題から東大の部局の構造の特徴まで様々な情報と啓発的なご意見を一時間二十分の間丁寧にお話しいただきました。いくつかのキーポイントをここで取り上げ、掲載したいと思います。

まず、渡辺先生は日本を研究するためには広い視点が必要だと指摘されました。先生の恩師で、戦後日本で最も重要な学者の一人丸山眞男先生の言葉、「日本しか知らないことは日本を知らないことだ」を引用され、その広い視点の必要性を話していただきました。広い視点とは、つまり、日本をアジアと世界の歴史のコンテキストの中で考えること、それから日本の内部のみならず、韓国、中国または西洋から日本を見る視点を取り入れることを意味すると話されました。

しかしながら、このような広い視点は東大では学者の間でそれほど共有されていないと渡辺先生は指摘します。これは、アメリカでの地域研究としての日本研究者と異なり、東大の学者は、日本研究者と言うよりは、自身が政治学、社会学、教育学などのそれぞれの専門分野の研究者だと認識していることとつながっており、こういう状況は、国際総合日本学ネットワークのような横断的、学際的なネットワーク組織に参加しようとするモティベーションが生まれにくいことと繋がっていると。渡辺先生のこのようなご指摘を受け、GJSネットワークの構築には、まず国際的、学際的な視点の必要性を広め、より広い範囲で共有される考えとなるように邁進していかねばならないと思いました。

私にとって先生の最も示唆に富んだ指摘は、日本という範疇を問題視しなければならないということでした。先生は、「日本」を構築するための時間的、空間的、人的な境界線を壊さないといけないと強調されました。例えば、「近世日本」という言葉が指している歴史区分は、現在の日本社会と全く違う人間世界であって、日本史という連続的なナショナルヒストリの中の発展の一段階ではないと教えていただきました。同様に、何世紀も前からすでに、様々な人間が東北アジアという地理的な空間で交わしてきました。日本列島に住む日本民族としての「日本」という概念はいまだ強いが、実は歴史的にも今日の状況でも日本人と非日本人との区別は難しいことであるというだけではなく、その区別自体が差別と排除を作りだす言葉と考えであるとの渡辺先生の御指摘でした。

渡辺先生のインタビューは、示唆に富んだ機会でした。国際総合日本学の構築に重要な助言をいただいただけではなく、独自性を持つ豊富な日本研究の学術伝統から学ぶ機会となりました。