2017.11.10

「間主観性」の中の日本研究

執筆者:園田茂人(東洋文化研究所)

 筆者が最近、ハマッている研究領域がある。昨年の公開講座の際に紹介した「国際心理」という領域の研究がこれである。
 筆者がアジア規模での国際関係をめぐる社会意識の問題を面白いと感じるようになった直接的な契機は、猪口孝名誉教授が主導されたアジアバロメーター・プロジェクトに参加したことによる。このプロジェクトは2003年に始まり、2008年までの6年間に32カ国を対象に意識調査を実施するという、壮大なものだった。すでに多くの分析結果が刊行されているので、その成果についての説明は不要だろう。
 膨大なデータと格闘していくうちに、いくつかわかったことがある。
 第一に、伝統的な研究方法では、まず問題意識があって、それからデータ作成と収集、解釈と続くことになるのだが、こうした大規模データ収集プロジェクトが実施されることで、研究者の解釈能力を超えるデータが集積されていくということ。われわれがわかっていると思っている枠組みでは捉えられないデータの構造に直面し、無力感を感じることが多々あるのだ。
 第二に、以上の裏返しとなるが、従来の解釈枠組みの有効性以上に限界が意識されやすいということ。多くの理論や解釈枠組みは、所詮、観察者が知っているか、解釈できる範囲内のデータをもとに一般化しているにすぎない。ところが、データの量が膨大になる中で、従来の理論や枠組みの有効性とともに、その限界を多く感じる。そこから、どのような問いを引き出し、それに意味ある回答を見出すことができるか。社会科学と地域研究の交叉領域では、こうした課題を逃れられない。 
 そして第三に、国家間の関係性をめぐる質問への回答を解釈するのが、きわめて難しいということ。
 言論NGOなどが発表している日中関係をめぐる調査結果を解釈する際、その都度専門家が呼ばれ、コメントを求められることがある。その都度、さまざまなコメントが出されるが、その妥当性が事後的に検証されることはほとんどない。ところがデータが蓄積され、しかも他国のデータも同時に蓄積されることになると、なぜそうした解釈が可能なのか、普遍的かつ体系的な説明が求められることになる。「日本は日本だ」的な説明では太刀打ちできないのは、言うまでもない。

 実際、日本に対して海外の国ぐにがどのように評価しているかといった問いを考えてみると、その答えが日本の「中」にないことがすぐにわかる。
 図は、アメリカを拠点にしたPew Research Centerが実施しているGlobal Attitude Projectの2015年データを示したものである。中国と韓国で対日イメージは悪く、インドとパキスタンでは「わからない」とする回答が多く、それ以外の地域ではよいことが確認される。その知見は、アジアバロメーターのそれと大差なく、一定程度の理解は可能だ。ところが2017年データと対比し、時系列的な変化を見てみると、インドとインドネシアを除き、おおむね対日イメージが向上しているのだが、なぜそのような変化が起こっているのか?Pew Research Centerの分析からは、その原因を見つけ出すことができない。 (Japanese Back Global Engagement Despite Concern About Domestic Economy)当然のことながら、アジアバロメーターを主導していた際にも、似た困難を抱えていた。
 幸か不幸か、アジアバロメーター・プロジェクトが終了した2008年以降も、世界各地でデータは蓄積されている。上述のPew Research Centerがもっとも広範囲かつ精力的に調査データを蓄積・公開しているが、それ以外にも、韓国のアサン政策研究院、中国の環球輿論調査中心、台湾の交流協会、フィリピンのSocial Weather Stations、オーストラリアのLowy Instituteなども、定期的に対日イメージに関する調査を実施している。これらの調査データをしっかり読み込み、対日イメージが、結局どのような要因によって構成されているかを分析することは、日本研究の一領域としても重要な研究課題となるだろう。その際、イメージが「間主観性」の中で形成されていることを考えると、日本を見る側の分析が必要不可欠であることは指摘するまでもない。
 考えてみれば、日本研究をめぐる多くの問いが、その研究者が育った研究環境と日本との「関係」の中で生まれており、そのアプローチや結果の解釈も、「間主観性」の存在抜きに十全に理解できないだろう。
 対日感情が悪い地域では、そうした状況に即した日本研究が育まれるだろうし、そうでない地域では、また別の問いが日本研究から生まれている可能性がある。日本研究が一段飛躍するには、こうした研究上の布置状況も十分理解しておく必要があるように思う。
 なお、上述のPew Research Centerの調査では、日本に比べ中国に対する質問が多く準備され、しかも調査対象国がきわめて多い。時代の変化を感じさせるエピソードではある。